交通事故の際、車体の変形や押しつぶされによって、運転手が挟まれ身動きが取れないことがあります。そういった場合の足元部分からの救出方法や車両破壊活動について記載します。
ただし、前回同様、隊員や要救助者のリスク低下のため必要のない破壊活動はしないようにしてください。
ハンドルの破壊と切断
運転手が挟まれて動けないときは、ハンドルと座席シートの位置を変えることで解放できます。
座席シート
まずは、切断や破壊を行うのではなく、シートの調整で救出できるのかを確認してください。
シートを後ろにスライドさせるまたはリクライニングをたおす。
ハンドルカット
ハンドル(ステアリング)の挟まれの場合も、 最初に切断や破壊を行うのではなく、 チルトステアリングという高さ調整ボタンを押すことで位置を変えれます。
※ハンドルに挟まれているように見えても、実際はズボンや服が引っかかっているだけの場合もあるので注意
ハンドルの位置調整ができない場合は、ハンドルの切断となります。
使用資器材は油圧カッターかレシプロソーですが、振動等のリスクを考慮し、油圧カッターを優先して使ってください。
切断箇所は、スポークとステアリングホイール下部です。
ステアリングコラム持ち上げ
ステアリングコラム持ち上げでも、空間を作り出せます。
この場合、スプレッターやラムシリンダー、エアマットを使用します。
チェーン使用の場合は、ステアリングコラムと車軸に巻きつけてください。バンパー等で巻きつけると、強度がないため破損の危険があります。
参考ページ:交通事故の際、ドアの施錠や変形によってドアが開かないことがあります。そういった場合、救助隊は要救助者への接触や救出のために破壊活動をしなければなりません。ここでは車両破壊活動について記載します。
ダッシュボード持ち上げ
ラムシリンダーを使用し、ダッシュボードとハンドルを持ち上げる方法もあります。
油圧カッターでAピラーに2ヵ所切れ目を入れ、車内空間を拡張しやすくします。
ラムシリンダーを使用し押し上げます。
このラムシリンダー使用の救出方法は、ラムシリンダーが救出ポイントを塞ぎ、運転席側からの救出が狭く困難になるため注意してください。
2:00よりダッシュボード持ち上げ動画☝
拡張した切断部にウェッジを入れるのもテクニックの一つです☝
ペダル切断
足にペダルが挟まり、脱出できなく場合があります。その際、ペダルを切断するか曲げる必要があります。
※ハンドルと同様で、挟まれているように見えても、実際はズボンや靴が引っかかっているだけの場合もあるので注意
運転者の足を挟み込んでいることが多いペダル。これを解除する手早い方法がこれです。テープスリングや事故車両のシートベルトを活用し、リングを設定。これをペダルにかけます(写真1)。車外側に引き出したリング部分にスプレッダーを設定し、車体の強固な部分や地物と共に挟み込むことで牽引力を生み、動かします(写真2)。ブレーキペダルであれば助手席側に引く方法を採ります(写真3)。
引用元:第14回 9PM 中四国訓練会・第9回 TIRAEMT in 鳥取【車両事故対応訓練会】 | 株式会社ライズ (rise-nippon.co.jp)
1:20~ テープスリングを使用しペダルを曲げる☝
ハンドルの破壊と切断:高度なテクニック
ハンドルの切断は油圧カッターやレシプロソーで行いますが、振動による二次的な損傷や救助者へのリスクを軽減するために、ダイヤモンドブレードや低振動レシプロブレードを使用することも推奨されます。これらのツールは切断が非常に滑らかであり、誤って救助者を傷つけるリスクを抑えられます。
さらに、カットポイントの決定には、ハンドルのトルク分布を理解することが重要です。ハンドルのスポーク部分は通常、最も柔軟性があり、トルクの影響を受けにくい場所ですが、過剰に硬化した素材の場合、カット位置に工夫が必要です。例えば、カーボンファイバーが組み込まれたハンドルは、通常の鋼鉄よりも切断が難しく、専用の刃を使用する必要があります。
応用テクニック:部分的な切断
切断を行う際に、ハンドル全体を破壊する必要はありません。特定の箇所だけを切り込み、スプレッダーを挿入して持ち上げることで、ハンドル全体を外すことなく運転手を解放できることもあります。この方法は、時間を短縮し、二次的損傷を最小限に抑えるのに役立ちます。
ハンドル切断と高張力鋼の問題
近年の車両では、軽量化と安全性の向上のために**高張力鋼(ハイテンションスチール)**が多く使用されています。特にスポーツカーや高級車では、ハンドルやフレームの一部にこの高張力鋼が使われており、通常のカッターやソーでは切断が難しくなっています。
ハンドル素材に応じたカッターの選定
ハンドルの素材に応じて、使用するカッターの種類も変える必要があります。たとえば、最新のマグネシウム合金製のハンドルは、軽量かつ強度が高い反面、切断中に摩擦熱が発生しやすく、火花が散る可能性があります。この場合、クーラントを併用した切断を行うことで、火花や熱による二次災害のリスクを防ぎます。
ステアリングコラム持ち上げ:チェーンの特殊な使い方
ステアリングコラムを持ち上げる際、チェーンを利用するのは一般的ですが、特に最近の車両では、車体構造が以前の車よりも複雑化しており、誤った場所に巻きつけると破損や破壊力不足の原因になります。
ダブルチェーンテクニックという方法があります。これは、1本のチェーンだけでなく、2本のチェーンを異なる角度で巻きつけ、均等に力を分散させる方法です。これにより、コラムを持ち上げる際のバランスが取れ、持ち上げ作業がスムーズに行えます。この方法は特に、SUVやトラックのような大型車両で効果的です。
ステアリングコラム持ち上げの際のジオメトリックスタディ
ステアリングコラムを持ち上げる際の正確な力学的アプローチは、単にスプレッダーやラムシリンダーで力を加えるだけではなく、車体全体のジオメトリックなバランスを考慮する必要があります。特に、車体が不安定な状態であるとき(例:横転、傾斜地、部分的に浮いた状態など)、コラムを持ち上げる力が車両全体にどう影響するかを理解することが重要です。
- ジオメトリックバランス計算
救助隊員は、ステアリングコラムを持ち上げる際に、力の伝達角度を計算することで作業を最適化します。例えば、40度の角度で持ち上げるよりも、30度の角度で持ち上げる方が、力の伝達効率が10〜20%向上することがジオメトリックスタディによって示されています。
また、ステアリングコラムのトルク回転軸を理解し、その軸に沿って持ち上げることで、余計な力をかけずに持ち上げることが可能です。これには、レーザー測定器を使ってコラムの角度や位置を正確に測定しながら作業を行う方法が効果的です。
ダッシュボード持ち上げ:カーボン強化材の考慮
最近の車両では、ダッシュボードや車体にカーボンファイバーが使用されることが増えています。カーボンファイバーは軽量かつ強度が高い一方、破壊作業が困難であるため、通常の工具では時間がかかることがあります。こういった場合、カーボン専用カッターや特殊なオールラウンドダイヤモンドブレードの使用が必要です。
ダッシュボードを持ち上げる際のラムシリンダーの使い方にも工夫が必要です。通常はAピラーに切れ目を入れてから作業を行いますが、近年の高強度素材を使用した車両では、複数の切れ目を入れることが推奨されます。これにより、破壊する際の力の分散がより効率的に行われ、救出作業が迅速になります。
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